越境と共創から生まれた新規事業
OKANOが注力する社会課題解決型の新規事業。そのひとつが越境・共創を生み出す環境を提供するX-BORDER(クロスボーダー)事業だ。品質やマインドは世界トップレベルであるにも関わらず低迷を続ける日本の製造業。再び世界で復権するには何が必要か。製造業の只中にあり、自身とそれを取り巻く環境の行く末を考え続けてきたOKANOの答えは「越境と共創」だった。本稿ではX-BORDER事業部長、佐藤の事業開発の過程を振り返り、新規事業の構想を紹介する。佐藤は語る「X-BORDER事業そのものが越境と共創の中で生まれた新規事業なのだ。」と。
佐藤 鉄平 TEPPEI SATO
X-BORDER事業部長
2006年岡野バルブ入社。入社以来、機械旋盤やプログラムなど製造畑を渡り歩いてきたが、2021年より新事業開発本部へ。製造業から越境した自身の経験を生かして新規事業の開発を進めている。
受発注プラットフォームのネクストフェーズ
X-BORDER事業は中小企業の受発注を支援するIoM事業を前身としている。
日本のものづくりは世界でも最高峰の品質を誇るが、作業効率を上げてコスト競争に向かった結果、ここ数十年は低迷を続けている。リーマンショック後の15年間で、ものづくり企業、中でも小規模企業は次々と姿を消している。
佐藤:
「そもそもIoM事業はものづくり企業の助けになれないかという思いから始まっています。サプライチェーンの川下にある小規模企業は川上の大企業からの発注が止まると、それだけで立ち行かなくなるという現状にあります。それは、OKANOのサプライチェーンにおいても例外ではなく、社内では以前からものづくり企業の助けになれないか、という話が挙がっていました。」
そこでOKANOでは小規模企業に新たな受発注チャネルを提供する事業として、2017年にIoM事業部を立ち上げている。製造業における受発注をeコマースにより機会最大化する事業として、製品や部品の製造を求める企業からの発注に対し、それに応えられる中小ものづくり企業をマッチングしてきた。しかし、町工場の受発注プラットフォームとしては一定の成果を得ているものの、ものづくり企業の競争力を最大化するという、より高次な問題解決には至っていなかった。そこで、IoM事業部では受発注プラットフォームのネクストフェーズを模索し始めた。
環境が情報を凌駕する
2021年、IoM事業部長に就任した佐藤はいかにしてものづくり企業を強化するか検討に取りかかった。最初に構想に挙がったのは情報提供プラットフォームだった。
これまで、ものづくり企業はノウハウを開示することが少なかった。例えば工場設備を可視化する手段一つとってもどうすれば実現できるのか、オープンな情報が見つからないのが普通だった。ビジネス展開のスピードが加速し、オープンソースが一般的な今では、このような状況は業界にとってマイナスだ。そこでOKANOが率先してものづくりをアップデートするための情報を発信する、という構想だ。
佐藤:
「当初はメディア展開を検討していました。しかし情報提供だけで製造業が変わるのかという疑問が湧いてきました。ものづくり企業の競争力を最大化する、という、より高次の課題を解決するには、もう少し広い視点が必要なのではないかと思い始めたんです。」
佐藤はまず世界における日本の競争力を分析した。「IMD世界競争力年鑑」によると日本の競争力は1992年まで64カ国中1位だったが、その後徐々に順位を落とし2021年には31位にまで低迷。世界の製造業界に目を向けてみると2014年には新興国の生産高が先進国を上回っている。
このような状況の中、日本の製造業はどうすれば再び立ち上がれるのだろうか。
欧米各国を見ると、そのような状況を踏まえて国家的な対策が動き始めている。
ドイツのIndustrie4.0、アメリカのAdvanced Manufacturing、そしてオーストラリアのModern Manufacturing Strategy。いずれも製造ビジネスを核に産業全体を再構築しようとする動きだ。
佐藤:
「例えばオーストラリアのModern Manufacturing Strategyでは、補助金の支給に付加価値の創造や研究機関との連携、マニュファクチュアに関わること、などが条件になっていて、コストだけでなく価値観、サービス、人に与える影響などにも目を向け始めていることがわかります。」
このような動きは製造の価値だけでなく、マーケットに対して付加価値を提供することが必要であることを示しているが、国内製造業は依然として製造の技術や作業効率化で競争しようとしている。佐藤は製造業自身が視点を変えて、自己変革する必要性を感じていた。どうすれば製造業が自己変革できるのだろうか。ヒントは意外にも身近にあった。
佐藤:
「再び自分の周りのスタートアップ企業に目を向けてみると、そこには一種の熱のようなものがあることに気づきました。人が動き出すには温度やテンションが必要で、そのテンションを醸成する環境が必要なのではないかと考えたのです。」
環境づくりは情報提供より遥かに力をもつ。ではどのような環境が必要なのか。佐藤は再び世の中に新しい潮流を生みだしている事例を見直したという。
佐藤:
「海外の実践的な取り組みを見てみると、製造業が参画できる環境が提供されています。そしてそこからわかったのが、企業や業界それ単体で潮流を生み出しているのではなく、外部からの影響を受けて越境し、内外と共創することで付加価値を生み出しているということでした。」
佐藤が行き着いた答えは越境と共創だった。提供するべきは情報に加えて、越境体験と共創体験を得られる環境なのだ。X-BORDER事業の構想は固まった。
身をもって示す自らの越境
佐藤:
「私はOKANOに入社して15年になります。新規事業開発に関わる前まで旋盤のオペレーションや機械のプログラムに携わり、直近では生産技術を担当していた、完全に生産畑の人間でした。」
今では新規事業を担当する佐藤だが、実は彼自身も越境者であり共創を経験した者だ。これまで製造業以外の業種とは関わる機会がなかったというが、新規事業の担当となってからはあらゆる業種と交流した。
佐藤:
「OKANOの新規事業開発拠点である沖縄・コザオフィスはシェアオフィスになっていてデザイナー、エンジニア、起業家などさまざまな人がいます。新規事業開発の担当になってコザで事業構想を練ることになったのですが、そこにいると自然と交流が生まれ、有益な情報を提供してくれたり、得意な人を紹介してくれたり、とにかくスピードも速いしテンションの高さを感じます。」
スタートアップ企業は小さな組織でありながら外部の人材と繋がり次々に付加価値を生み出していく。佐藤はその様子を目の当たりにし、自らもその中に飛び込むことによって、自分自身の変化を感じているという。
佐藤:
「私自身、製造業の外に身を置くことで1年前とは全く違う思考になりました。でも、それは自分にしかできないことではなく越境と共創が生まれる環境にいれば誰もがアップデートできると考えています。」
X-BORDER 始動
今春、X-BORDER事業がついに始動する。ビジョンは“ゲームチェンジに立ち向かうポジティブな潮流を日本につくる”だ。自己変革を促し自ら変革する、そんな社会を思い描いている。そして、ミッションには“越境と共創。その体験環境を提供する”を掲げる。
⼈は環境に最も影響を受ける。自己変革を促す近道は環境をつくることだ。越境し、共創し、活動する過程が何より自分を変える体験になる。しかし、この国にはそうした環境がまだまだ少ない。X-BORDERはその先駆けだ。
佐藤:
「ものづくりをターゲットとして始めた事業構想ですが、次第に対象はそれだけではないことに気づきました。あらゆる産業、あらゆるところに、原石を原石と気づいていない人たちがいる、原石をどう磨いていいかわからない人たちがいる、磨く術はあるが原石を見つけられていない人たちがいる。そのような人たちが輝き、地域あるいは日本全体が元気になるような仕掛けを模索しています。」
X-BORDERは始動したばかりだが、構想は現在進行形で具体化が進み、全貌を公開できる日も近いという。柔和な笑みを浮かべながら、最後に佐藤はこう意気込みを語った。
佐藤:
「もともと製造の現場にいた時は改善が好きで、できないことはない、と思っていました。今回はそれがX-BORDERです。新規事業開発に関わって一番最初に面白そうだと思ったし、それは今も変わりません。今も挑戦者の気持ちを持ち続けています。」